Córdoba cuelga en 24 horas el ‘No hay billetes’ para la Corrida de la Hispanidad del 12 de octubre
明日は闘牛の初日というのでコルドバの町は賑わっていた。
闘牛場に近い旅館の一つ――「六人の若い海賊」と呼ばれる広大な旅館の一つの部屋に一人の若者が宿を取った。商人とも見えず官吏とも見えず、と云って勿論軍人でも無い得体の知れない人物で服装なども醜かった。それで、旅館の支配人はボーイに眼くばせを
そうして置いて支配人は
ボーイはボーイで
常夏の国の常夏の街! コルドバの街は何処を見ても
夕陽が落ちて
「六人の若い海賊」ホテルの、地下室の
モロッコの富豪だと自称している肥満した白髪の老人が、幾人かの娼婦に取り巻かれ
今夜に限って何処の酒場も徹夜で商売をするのであった。
夜がもう
こうして紳士はひっそりと酒も飲まずに食事をした。
「なんて恐ろしい眼付だろう!
此時、表の玄関へ一台の自動車が停められた。その自動車を見るや否や支配人はサッと顔色を変え転がるように出迎えた。略式の物ではあったけれど其自動車こそまぎれも無い宮中の自動車であったからである。果して
支配人は三度頭を下げ砕けるように手を揉んだ。
「お前が此処の支配人か?」侍従は厳かに斯う訊いた。
支配人は頭をまた下げた。
「それではお前に尋ねるが、リンネルの背広に
「は」と支配人は眼を見張り「たしかにお居ででござります」
「その方をお迎えに参ったのだが、只今何処に居られるな?」
「ボーイ!」と面
「其処へ案内して貰いたいな」
支配人は汗を拭き乍らボーイを無闇に睨み付け、恐縮し切った足どりで侍従を酒場へ導いた。
侍従が酒場へ現われるや否や酒場は俄に
侍従は
其時、ボーイをからかっていた若い波斯人は立ち去って行く二人の紳士を見送ったが、思わずこんな様に呟いた。
「あれはセルビヤの皇太子だ」
宮廷自動車が離宮の前で音も無く静に停まるや否や、二人の男が下り立った。不思議な紳士と侍従とである。
「どうぞ」と侍従はうやうやしく紳士を室へ導いたが、自分はすぐに室を出た。
後に残った怪紳士は臆するような様子も無く椅子にドカリと腰を下し葉巻を悠々と
彼の喫っている一本の葉巻が
二人は互に眼を見合わせた。それからしっかりと手を握った。
「有難い! これで安心した!」老人は溜息を吐き乍ら、「どんなに君を探したろう! あらゆる方面へ人を出したり、秘密電報を幾十本か打って……まさかに君がマドリッドを空けて、コルドバに来ていようとは思わないからね。マドリッドばかりを探がしたのさ……しかしもう是れで安心した」
「お話の様子では又何か事件が起った様でございますね。」
「聞いて呉れラシイヌ大探偵!」老人は額の汗を拭き、「事件も事件大事件だ!『サラセンの耳飾』を盗まれたのだ!」
ラシイヌは静に微笑した。そうして彼は斯う云った。
「事件というのは
「何?」と老人眼を見張り、さも驚いたというように「それだけかと君は云うのかい? いかにも事件はそれだけだ! それだけで充分大事件じゃないか!」
「閣下」とラシイヌは苦もなげに「大事件と云えば大事件ですが、私から云いますればそんな事は只盗難に過ぎません」
「それは盗難には相違ないが単なる盗みとは思われない――どうやら君の様子では、盗まれた『サラセンの耳飾』の価値を、知っていない様に思われるが……」
「
「伝説と迷信とを知ってるって?」
「いかにも左様でござります――その伝説に依りますと、その耳飾はずっと
「いかにも君の云う通りだ。その耳飾を持っている限りは其人の血統は絶えないのだ」
老人は厳かに云い返えしたが、
「だから今度の盗難は只の盗難ではないというのだ」
「要するに盗んだ耳飾を盗み返えされたという訳ですな――是も伝説に依りますと、その酋長を亡ぼしたさに、アルホンゾー陛下の御先祖の王が大盗賊団にお命じになり、耳飾を盗ませたとか申すことで……因果応報でございますな」ラシイヌは皮肉に微笑した。
「それでは君は今度の賊を回教徒であると云うのかな?」
「回教徒以外にも、皇室を、怨んで居るものもございましょう」
「一体それは何者だろう?」
ラシイヌは
「宮内大臣閣下そんな詮議よりも、
「それは極めて簡単だ。盗難の場所は此離宮内。盗難にかかったのは今日の夕方。発見したのは此
「ははあ、閣下が発見された?」ラシイヌは
「まあ聞いてくれ、斯うなんだよ……今夕私は陛下に召されて、陛下のご座所で二時間ほどお話を申し上げて罷り出たが、宝物
そこで宝蔵へ引っ返えして見ると、『サラセンの耳飾』ただ一つだけが、盗まれたと見えて影も無い……」
「それで大体解かりました」
ラシイヌは
「で其牛舎や後庭には、今でも警手達が居りますので?」
「どうもあそこが怪しいので今でも警手達は詰めている」
「牛も牛飼人も居りましょうな?」
「勿論」と宮相は頷いた。
「さぞ牛が驚いた事でしょう。
「冗談事ではありませんぞ!」宮内大臣はムッとして思わず声を励ました。「君に頼んだ用件は牛の詮議ではなかった筈だ!」
ラシイヌは腰を上げ
「閣下、そのように有仰っても、ひょっとすると驚いた其牛が、驚きのあまり泥棒めを呑み込んで了ったかもしれません」
冗談を云い云い探偵はサッサと
やがて二人は後庭へ来たが、成程宮相の云った通り警手が無数に集まっている。
庭は殆ど暗らかった。庭の三方を取り巻いて高い煉瓦塀が立っている。そして残った一方の口は宮殿の廊下に通じている。逃げ出す隙など何処にも無い。
牛舎は中央に出来ていた。仲々立派な建物で、牛の
ラシイヌは悠々と歩き乍らその闘牛に近づいた。
「あまり近寄ると危険だぞ。虎よりも強い猛牛だからの」
老宮相は、ラシイヌの後から、斯うラシイヌに囁いた。ラシイヌは頷きはしたけれど、用心しようとはしなかった。彼はずんずん近寄って牛舎の中へ這入り込んだ。
「あぶないあぶない!」と警手達は、それを見て一様に叫び出した。
近寄るラシイヌを見付けるや否や、猛牛は一旦首を上げたが次の瞬間には角を下げて鋭くラシイヌに突きかかった。宮内大臣は手に汗を握り、警手達は又も絶叫した。
「早くお逃げなさい早くお逃げなさい!」
しかし当人のラシイヌは素早く左へ身を反わした。そうして置いて周章もせず牛舎を一踊りで踊り出た。
「閣下」と彼は嘆息して「ほんとに立派な牛ですなあ、市民達が待ち兼ねる筈ですよ。これ程立派とは思いませんでした。明日の競技で此動物が、どんな離れ業を演じるか、こいつはほんとに見物です……ところで牛飼人は何処にいます? これほどの猛牛を使いこなすとは、これも驚いた名人ですな」
「牛飼人のホセは何処に居るか!」
老宮相は呼び立てた。すると、警手達の群の中から、二十八九の若者が踊るようにして走って来た。
「ほほう、君がホセ君かね」ラシイヌは愉快そうに話しかけた。
「私がホセでございます」若者の声は逞しかった。
「それでは一寸君に訊くが、この牛は飼葉をよく食うかね」
「他の牛の三倍は食いましょう」
「今日は何回くれたね?」
「朝一回だけくれました。それも極めて少量です」
「何故一回しかくれないのかね?」
「競技の前日一週間は食を減らすのが法則です」
「ところで水は飲ましたろうね?」
「夕方一回飲ませました」
「ふうむ、夕方一回か」探偵は怪しく微笑したが、直ぐ快活な調子に帰り、
「これでもう質問はありません。いろいろ何うも有難う」
ホセは恭しく頭を下げた。しかしラシイヌは手を出した。ホセはすっかり面喰らったがやがてオズオズと握手をした。
ラシイヌはもう一度ホセを眺め、それから宮相に近寄った。
「閣下、お待たせを致しました。ほんとに立派な牛飼人ですな。ええと、所で、こう沢山警手の居る必要はございません。二人だけ此処へ残して置いて後は引き取らせていただきましょう」
「君の云う事なら何んでも聞こう」
宮相は警手に命令した。二人を残して後の者はみんな廊下から出て行った。
ラシイヌはそれを見送ってから、残った二人の警手を招き、
ラシイヌと宮相とは謁見室で再び顔をつき合わせた。宮相はいかにも気づかわしそうに、
「どうだな、見当はついたかな?」
「或はついたかもしれません。或はつかないかもしれません」ラシイヌは平気で斯う云ったが、
「ところで閣下、もう一人、逢って見たい人があるのですが」
「君の云うことなら何んでも聞くよ。誰に逢い
「閣下と廊下で出くわした其侍従さんに逢いたいので」
宮相は不思議にもあわて出した。
「何、その侍従に逢い度いって? それでは君は其侍従が怪しいとでも云うのかな」
ラシイヌは微妙に笑ったが、
「何も怪しいとは申しません」
「そりゃ、そうなくてはならない筈だ」宮相は苦々しく呟いたが、俄に低く声を落し、
「名誉にかけて断言する! 侍従は決して怪しくは無いよ。どうしてと云うに其侍従は実はこの
ラシイヌは別段驚きもせず「ははあ、閣下の甥御ですか」
「そうだ。そうしてもう君はその私の甥に逢っている筈だ」
「それでは私を迎えに来られた、あの侍従さんがそうですな」
「いかにもあれが私の甥だ」
「立派な方ではありましたが、
老宮相は吐息をして、「それにも
「それで、相手の御婦人は?」
「それがさ、誠に云いにくいが、実はこの私の末の
ラシイヌは宮相の言葉を聞くと、何が無しにニヤリと
二人は互に眼を見合わせ、
「婚約は
「破った者は此私じゃ」老人の声も重もかった。
「どうしてお破りになりましたな?」
「気に入らぬ事があったから」
「それは何ういう点でしょう?」
「一口に云うと生意気なのだ!……新思想などを振り廻わしてな」
ラシイヌは突然立ち上った。そして別れを告げたのである。
「閣下、眼星がつきました。明日、
「
宮相はにがにがしく云い放った。
探偵は深く頷いたが、老宮相の手を握り、それから
その翌日のことである。
謁見室には
手紙も小箱も、ラシイヌから、宮相に送り越したものである。そして小箱のその中は「サラセンの耳飾」が入れてあり、手紙の中には、耳飾を、どうして見付けたかが書いてある。
そして宮相はもう既に、その両方を見たのであった。耳飾も手紙も見たのであった。
その両方を見たが為に、今、宮相はそうやって思いに沈んでいるのである。
怒りと悲みと責任感とに、彼は責められているのであった。
それにしても宮相の身になって見れば、自分の甥の侍従官が、今度の犯罪の片割れであり、大立物であるということが、どんなにしても信じられなかった。
「いかに
全く彼には思われなかった。しかし夫れにもかかわらず、ラシイヌのよこした手紙には夫れに相違ないと書いてある。
(宝物
手紙には斯う書いてあるのであった。
「しかし」と宮相は尚思った。「私の甥の侍従官が何の理由でだいそれた盗賊などをしたのだろう?」
ところでラシイヌの手紙には、その疑問をも解いている。
(閣下の甥の侍従官が、何故罪悪を犯したかと申すに、
彼が主義者だということを、どうして私が知ったかというに、彼と後庭で語った時、彼が盛んにサラゴッサ辺の訛を使ったのが其一つ何故かと申しますと、サンジカリストはサラゴッサに最も多いからで。もう一つは握手をした時に、その手が余りに柔かかったので元からの牛飼人では無いということを観破したからでございます。
で、彼サンジカリストは、そうやって、牛飼人になったものの、低い身分でございますので、宮廷の中へ忍び込む事も宝庫の中へ這入ることも、「サラセンの耳飾」を盗むことも出来なかったのでございます。
で彼は一人宮廷内の侍従職といったような高官を、自分の相棒に引き入れて、目的を遂げようと
そして尚ラシイヌは斯う云っている。
(次に、私は、「サラセンの耳飾」を何うして何処で発見したか、お話し致したいと存じます)
(今日の競技の立派だったことは、そして市民達のあの熱狂は、近年に無いことでございました)
ラシイヌの手紙は、突然此処で、今日競技場で行われた闘牛のことに就いて記している。
(追い込まれる闘牛のどれを見ても、みんな素晴らしい
どの牛を見ましてもその
やがて闘牛者が乗り込んで来て、競技を開始しました時、又もや一時に見物席は静まり返ったではございませんか。
騎馬の闘牛者の投げる
その時、一人の闘牛者は、角で突かれて馬から落ち、死んで了ったではございませんか。
ところが此処にただ一つ、不思議なことがございました。それは何かと申しますに、どういう訳か闘牛が、絶えず頭を左の方へ傾げることでございます。
一時あまりも狂い廻わると、さすがの宮廷闘牛も、
運ばれる屍骸の後を追って私は屠牛小屋へ行って、
在ると思った耳飾が其処に無いではございませんか! 眼の前が真暗になりました。私は落胆し切ったのですが、併し次の一刹那に、私は啓示を受けました。矢庭に私は持ってたメスを、牛の左の耳の穴へ、突っ込んだのでございます。そうして
手紙は再び一転した。
(事件は簡単でございました。甥御の盗み出した耳飾を牛飼人が素早く受け取って、それを闘牛の左の耳へ、隠し込んだのでございます。
それは兎に角、耳飾は、必ず牛の何処かにあると、このように私が感付いたのは、牛小屋へ私が這入り込むや否や、牛が突っかかって来たからです。いかに闘牛とは云い乍ら、理由が無ければそうそう人へ突っかかるものではございません。そこで感付いたのでございます。
「扨は『サラセンの耳飾』はこの闘牛が呑んでいるな。不消化物を呑み込んで気持が悪いのでこのように人に突っかかって来るのだろう」
手紙は此処で三転して、宮相に別れを告げている。
(宮相閣下、では私は、これでお別れを致しますが、併し、お別れに臨みまして、重大な事件をもう一つお耳に入れたいと存じます。即、それは、甥御様が、此世にいないと申すことで、閣下も御覧でございましたろうが、一人うら若い闘牛者が、宮廷闘牛の角に突かれて、そのまま死んで了いましたが、その死んだ若い闘牛者こそ閣下の甥御でございます。
それにしても甥御が変装して、闘牛場へわざと出て行かれて、角に突かれて何故死なれたかと、閣下には
感情が人より
閣下、それでは、もう是れでお別れ致すことに致します。就きましては私への報酬ですが、
それでも閣下が、尚私に、報酬を受けよと仰有るなら、どうぞ、私が
Madrid 物凄き人喰い花の怪(国枝史郎) misteriosa
https://www.diariocordoba.com/noticias/toros/
本日9月28日刊
マルティン・ルイス・グスマン 『ボスの影』
〈ルリユール叢書〉 パス、フエンテス、パチェーコらの巨匠に激賞された政治家・作家マルティン・ルイス・グスマン――作家みずから体験した1923年の政争、1927年セラーノ暗殺事件を題材に、首都メキシコシティで繰り広げられる、血なまぐさい政権抗争と人間の悲哀を描くメキシコ革命小説の白眉。寺尾隆吉訳(幻戯書房 予価3960円)