2016年9月1日木曜日

Albert Speer murió アルベルト・シュペーア歿(1981)

Albert Speer (nacido Berthold Konrad Hermann Albert Speer; Mannheim, 19 de marzo de 1905 – Londres, 1 de septiembre de 1981) fue un arquitecto alemán y Ministro de Armamento y Guerra del Tercer Reich durante la Segunda Guerra Mundial. Speer fue arquitecto jefe de Adolf Hitler antes de asumir la oficina ministerial. Se lo conoce como «el nazi que pidió perdón» porque en los juicios de Núremberg y en sus memorias aceptó su responsabilidad en los crímenes del régimen nazi. A pesar de ello, su nivel de implicación en la persecución de los judíos y su conocimiento del Holocausto siguen siendo motivo de controversia.




Speer se unió al Partido nazi en 1931 y enseguida comenzó una carrera política y gubernamental que duró catorce años. Su formación como arquitecto le ayudó a ganar importancia dentro del partido y además se convirtió en miembro del círculo más cercano al Führer, pues Hitler le encargó diseñar y construir varios edificios, entre ellos la Cancillería del Reich y el Campo Zeppelín de Núremberg, sede de los multitudinarios congresos del partido. Speer también diseñó una ambiciosa reconstrucción de Berlín que contemplaba la creación de enormes edificios, amplias avenidas y un sistema de transportes reorganizado. Ministro de Armamento y Guerra de Adolf Hitler desde febrero de 1942, Speer fue capaz de mantener durante el conflicto una elevada producción de material militar a pesar de los masivos y devastadores bombardeos de los Aliados sobre Alemania.

Acabada la guerra, fue juzgado en Núremberg y sentenciado a veinte años de prisión por su rol en el régimen nazi, principalmente por el uso de trabajadores forzados. Cumplió toda su condena, la mayor parte de ella en la prisión de Spandau, en Berlín Oeste, y tras su liberación en 1966 publicó dos exitosos libros autobiográficos: Memorias: Hitler y el Tercer Reich vistos desde dentro y Diario de Spandau. En ellos detalla su estrecha relación con Hitler y ofrece una perspectiva única sobre el funcionamiento del régimen nazi. Más tarde escribió un tercer libro, Infiltración, sobre las SS. Albert Speer murió por causas naturales en 1981 durante una visita a Londres.

ベルトルト・コンラート・ヘルマン・アルベルト・シュペーア(Berthold Konrad Hermann Albert Speer、1905年3月19日 - 1981年9月1日)は、ドイツの建築家、政治家。アルバート・シュペーア、アルベルト・シュペールなどとも表記されることがあります。アドルフ・ヒトラーが最も寵愛した建築家として知られています。ヒトラー政権のもとで軍需大臣を務め、終身刑に処されたルドルフ・ヘス、および音楽指揮者アウグスト・クビツェクを除けば戦後を生きたナチ関係者の中で最もヒトラーと親しかった人物として知られています。

先月出た半藤一利×出口治明『世界史としての日本史 (小学館新書) 』に以下のような記述があります。

出口 ...ヒトラーは変質的に戦争が好きで、戦争に専念します。特に、独ソ戦が始まってからは、 ベルリンを離れて東プロイセンにつくった大本営「狼の砦」の掩体壕(えんたいごう)などで暮らして、指 揮しているのです。そうすると、たとえば、財務大臣などは、別にたいした権限はないんですが、ヒトラーに任命されてから戦争が終わるまで、ヒトラーと真面目に話をしたのが1回か2回しかなかったといいます。閣議が聞かれないのです。みんな総統の言うとおりに従うだけで。
 ヒトラーは敗戦の2か月ほど前になると、負けを自覚して、ドイツ国内の生産設備をす べて壊せと命令を出します。戦争に負けたから、ドイツ人は生き残る値打ちがない民族だ から全部爆破しろと。いわゆる、ネロ指令です。映画の『パリは燃えているか』でも、ヒトラーがパリを破壊する命令を出していますが、それと同じです。
半藤 ああ、そうですね。徹底破壊命令は同じですね。
出口 そのときに、先の総力戦のところで出てきたシュペーアという軍需相、敗戦の前年に軍需物資の生産量をピークにもっていった天才ですが、彼が破壊命令を握りつぶすので す。ドイツは永遠に続くのだから、戦後のドイツが生き残るために、インフラを壊したら、いけないと。
半藤  これはシュペーアの本も紹介しないといけませんね。
出口 そうですね。面白い人です。
半藤  シュペーアの自伝で、『第三帝国の神殿にて ナチス軍需相の証言』(上下巻、中央公
論新社)という本があります。
出口 僕もこれを夢中になって読みました。
半藤 シュペーアは、東京裁判に相当するニュルンベルク裁判でも生き残るんですよ。戦犯ではあるけど、死刑にはならなかった。禁鋼刑になって、獄中で書かれた本ですね。
出口 ヒトラーの側近なのに~なぜ死刑にならなかったかというと、完壁なテクノクラートで、思想的には何もなく、ヒトラーの言うとおりに軍需生産に従事しただけだったから。
もともとは都市計画の専門家で、デザイナーです。
半藤 第三帝国の永久宮殿をベルリンにつくるために、ヒトラーに呼ばれた人ですね。ものすごい宮殿をつくるはずだった。設計図だけ残っている。
出口 ドイツが戦争に勝ったら、ベルリンが大改造されて、ゲルマニアという世界首都ができ上がる予定でした。シュペーアはその建設計画を任されていた。都市計画の基本は、上下水道や電気、鉄道、人や物資など、いかに合理的で無駄のない流れをつくり出すかというロジスティックスにありますから、軍需物資の生産にも応用が利いて、実際にこのシュペーアという人は極めて優秀な軍需相だったのです。
半藤 面白いことに、この人は思想的には何もなくても、妙にヒトラーに気に入られているんですよ。
出口 ヒトラーは、いわば誇大妄想の人ですが、「ゲルマニアという首都がつくりたいんだ」と言ったら、 シュペーアはあっというまに模型をつくってもってきたようですね。
半藤 しかし、こういう本って、日本には戦後になってもついに出ませんよね。日本の軍
人や官僚が残した回顧録で、眼からワロコの落ちるような面白い本はほとんどない。
出口 他にもドイツでは、マンシュタイン元帥(『失われた勝利』)やグデーリアン大将(『電 撃戦』)が回想録を残しています。だから、これらの本を探して読めば、けっこう戦時中の
ドイツのことはわかるんです。
半藤 ゲッベルス(ナチスドイツの国民啓蒙・宣伝大臣)だって、日記に残してるからね。ちょっと宣伝臭がキツイけれど。
出口 シュペーアのほうが断然面白い。
半藤 僕もそう思います。この本は傑作です。



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