McCabe and Mrs. Miller 邦題「ギャンブラー」 Los Vividores 57m55s
engatusar v. tr. COLOQUIAL. Intentar convencer <una persona> [a otra persona]
con halagos o engaños: Engatusó a su abuela para que le comprara un bicicleta. (Diccionario Salamanca De La Lengua Española)
Se dejó engatusar por una aventurera de tres al cuarto. (Diccionario Planeta De LA Lengua Española Usual)
Le engatusó y consiguió que le prestara el dinero que necesitaba. (Diccionario para la enseñanza de la lengua española / Dictionary For Teaching The Spanish Language: Español para extranjeros / Spanish for Foreigners)
Lo he engatusado para que me compre un collar. 私はネックレスを買ってもらおうと彼を甘い言葉で釣った。(現代スペイン語辞典・和西辞典 改訂版 for Mac [ダウンロード])
melindre
(☝姉妹サイトで紹介したPLANETA の辞書 Diccionario Planeta De LA Lengua Espanola Usual は上掲。また、クラウン西和 クラウン西和辞典 は☟)
Los melindres de Belisa es una comedia teatral de Lope de Vega. Al estilo de las comedias palatinas de enredo del Siglo de Oro Español, narra la historia en clave humorística de dos enamorados obligados a escapar de la justicia y enfrentar al mundo entero por defender su amor.-
En la comedia cómica de capa y espada del siglo XVII se usa a menudo la técnica del enredo. El público, que acude a la corrala a entretenerse y también a aprender, sabe qué sucede en cada momento, pero los personajes no, pues son víctimas de continuos malentendidos. Así sucede en esta comedia de Lope, donde los enamorados Felisardo y Celia se ven obligados a escapar de la justicia.
北条 民雄(ほうじょう たみお、旧字体:北條 民雄、1914年(大正3年)9月22日 - 1937年(昭和12年)12月5日、23歳没。)は小説家。ハンセン病 La Lepra: Enfermedad Bacteriana que afecta al Hombre となり隔離生活を余儀なくされながら、自身の体験に基づく作品「いのちの初夜」などを遺した。本名:七條 晃司(しちじょう てるじ)。
駅を出て二十分ほども雑木林の中を歩くともう病院の
梅雨期にはいるちょっと前で、トランクを
病気の宣告を受けてからもう半年を過ぎるのであるが、その間に、公園を歩いている時でも街路を歩いている時でも、樹木を見ると必ず枝ぶりを気にする習慣がついてしまった。その枝の高さや、太さなどを目算して、この枝は細すぎて自分の体重を支えきれないとか、この枝は高すぎて登るのに大変だなどという風に、時には我を忘れて考えるのだった。木の枝ばかりでなく、薬局の前を通れば幾つも睡眠剤の名前を想い出して、眠っているように安楽往生をしている自分の姿を思い描き、汽車電車を見るとその下で悲惨な死を遂げている自分を思い描くようになっていた。けれどこういう風に日夜死を考え、それがひどくなって行けば行くほど、ますます死にきれなくなって行く自分を発見するばかりだった。今も尾田は林の梢を見上げて枝の具合を眺めたのだったが、すぐ
二日前、病院へはいることが定まると、急にもう一度試してみたくなって江の島まで出かけて行った。今度死ねなければどんな処へでも行こう、そう決心すると、うまく死ねそうに思われて、いそいそと出かけて行ったのだったが、岩の上に群がっている小学生の姿や、茫漠と煙った海原に降り注いでいる太陽の明るさなどを見ていると、死などを考えている自分がひどく馬鹿げて来るのだった。これではいけないと思って、両眼を閉じ、なんにも見えない間に飛び込むのがいちばん良いと岩頭に立つと急に助けられそうに思われて仕様がないのだった。助けられたのでは何にもならない、けれど今の自分はとにかく飛び込むという事実がいちばん大切なのだ、と思い返して波の方へ体を曲げかけると、「今」俺は死ぬのだろうかと思い出した。「今」どうして俺は死なねばならんのだろう、「今」がどうして俺の死ぬ時なんだろう、すると「今」死ななくても良いような気がして来るのだった。そこで買って来たウイスキーを一本、やけにたいらげたが少しも酔いが廻って来ず、なんとなく滑稽な気がし出してからからと笑ったが、赤い
一時も早く目的地に着いて自分を決定するほかに道はない。尾田はそう考えながら背の高い
道は垣根に沿って一間くらいの幅があり、垣根の反対側の雑木林の若葉が、暗いまでに
彼らの姿が見えなくなると、尾田はそこへトランクを置いて腰を下ろした。こんな病院へはいらなければ生を完うすることのできぬ
すべてが普通の病院と様子が異なっていた。受付で尾田が案内を請うと四十くらいの良く肥えた事務員が出て来て、
「君だな、尾田高雄は、ふうむ」
と言って尾田の
「まあ懸命に治療するんだね」
無造作にそう言ってポケットから手帳を取り出し、警察でされるような厳密な身許調査を始めるのだった。そしてトランクの中の書籍の名前まで一つひとつ書き記されると、まだ二十三の尾田は、激しい屈辱を覚えるとともに、全然一般社会と切り離されているこの病院の内部にどんな意外なものが待ち設けているのかと不安でならなかった。それから事務所の横に建っている小さな家へ連れて行かれると、
「ここでしばらく待っていてください」
と言って引きあげてしまった。後になってこの小さな家が外来患者の診察室であると知った時尾田は
「ははあん」
と一つ
「お気の毒だったね」
癩に違いないという意を含めてそう言われた時には、さすがにがっかりして一度に全身の力が抜けて行った。そこへ看護手とも思われる白い上衣をつけた男がやって来ると、
「こちらへ来てください」
と言って先に立って歩き出した。男に従って尾田も歩き出したが、院外にいた時のどことなくニヒリスティクな気持が消えて行くとともに、徐々に地獄の中へでも
「ずいぶん大きな病院ですね」
尾田はだんだん黙っていられない思いがしてきだしてそう訊ねると、
「十万坪」
ぽきっと木の枝を折ったように無愛想な答え方で、男はいっそう歩調を早めて歩くのだった。尾田は取りつく島を失った想いであったが、葉と葉の間に見えがくれする垣根を見ると、
「全治する人もあるのでしょうか」
と知らず識らずの中に哀願的にすらなって来るのを、腹立たしく思いながら、やはり
「まあ一生懸命に治療してごらんなさい」
男はそう言ってにやりと笑うだけだった。あるいは好意を示した微笑であったかもしれなかったが、尾田には無気味なものに思われた。
二人が着いた所は、大きな病棟の裏側にある風呂場で、すでに若い看護婦が二人で尾田の来るのを待っていた。耳まで被さってしまうような大きなマスクを彼女らはかけていて、それを見ると同時に尾田は、思わず自分の病気を振り返って情けなさが突き上がって来た。
風呂場は病棟と廊下続きで、獣を思わせる
「消毒しますから……」
とマスクの中で言った。一人が浴槽の
「良いお湯ですわ」
はいれと言うのであろう、そう言ってちらと尾田の方を見た。尾田はあたりを見廻したが、脱衣籠もなく、ただ、片隅に薄汚ない
「この上に脱げと言うのですか」
と思わず口まで出かかるのをようやく押えたが、激しく胸が波立って来た。もはやどん底に一歩を踏み込んでいる自分の姿を、尾田は明瞭に心に描いたのであった。この汚れた蓙の上で、全身
「何か薬品でもはいっているのですか」
片手を湯の中に入れながら、さっきの消毒という言葉がひどく気がかりだったので訊いてみた。
「いいえ、ただのお湯ですわ」
良く響く、明るい声であったが、彼女らの眼は、さすがに気の毒そうに尾田を見ていた。尾田はしゃがんでまず手桶に一杯を汲んだが、薄白く濁った湯を見るとまた嫌悪が突き出て来そうなので、彼は眼を閉じ、息をつめて一気にどぼんと飛び込んだ。底の見えない洞穴へでも墜落する思いであった。すると、
「あのう、消毒室へ送る用意をさせて戴きますから――」
と看護婦の一人が言うと、他の一人はもうトランクを開いて調べ出した。どうとも自由にしてくれ、裸になった尾田は、そう思うよりほかになかった。胸まで来る深い湯の中で彼は眼を閉じ、ひそひそと何か話し合いながらトランクを
「おあがりになったら、これ、着てください」
と看護婦が言って新しい着物を示した。垣根の外から見た女が着ていたのと同じ棒縞の着物であった。
小学生にでも着せるような袖の軽い着物を、風呂からあがって着け終わった時には、なんという
「それではお荷物消毒室へ送りますから――。お金は拾壱円八十六銭ございました。二、三日の中に金券と換えて差し上げます」
金券、とは初めて聞いた言葉であったが、おそらくはこの病院のみで定められた特殊な金を使わされるのであろうと尾田はすぐ推察したが、初めて尾田の前に露呈した病院の組織の一端を
その時廊下の向こうでどっと
「何を騒いでいたの」
と看護婦が
「ふふふふふ」
と彼はただ気色の悪い笑い方をしていたが、不意にじろりと尾田を見ると、いきなりぴしゃりと硝子戸を閉めて駈けだしてしまった。
やがてその足音が廊下の果てに消えてしまうと、またこちらへ向かって来るらしい足音がこつこつと聞こえ出した。前のに比べてひどく静かな足音であった。
「佐柄木さんよ」
その音で解るのであろう。彼女らは貌を見合わせて頷き合う風であった。
「ちょっと急がしかったので、遅くなりました」
佐柄木は静かに硝子戸を開けてはいって来ると、まずそう言った。背の高い男で、片方の眼がばかに美しく光っていた。看護手のように白い上衣をつけていたが、一目で患者だと解るほど、病気は顔面を冒していて、眼も片方は濁っており、そのためか美しい方の眼がひどく不調和な感じを尾田に与えた。
「当直なの?」
看護婦が彼の貌を見上げながら訊くと、
「ああ、そう」
と簡単に応えて、
「お疲れになったでしょう」
と尾田の方を眺めた。
「どうでした、お湯熱くなかったですか」
初めて病院の着物を
「ちょうどよかったわね、尾田さん」
看護婦がそう引き取って尾田を見た。
「ええ」
「病室の方、用意できましたの?」
「ああ、すっかりできました」
と佐柄木が応えると、看護婦は尾田に、
「この方佐柄木さん、あなたがはいる病室の附添いさんですの。解らないことあったら、この方にお訊きなさいね」
と言って尾田の荷物をぶら
「では佐柄木さん、よろしくお願いしますわ」
と言い残して出て行ってしまった。
「僕尾田高雄です、よろしく――」
と挨拶すると、
「ええ、もう前から存じております。事務所の方から通知がありましたものですから」
そして、
「まだ大変お軽いようですね、なあに癩病恐れる必要ありませんよ。ははは、ではこちらへいらしてください」
と廊下の方へ歩き出した。
木立を透して寮舎や病棟の電燈が見えた。もう十時近い時刻であろう。尾田はさっきから松林の中に
尾田を病室の寝台に
「今まで話相手が少なくて困っておりました」
と言った佐柄木の貌には明らかによろこびが見え、青年同志としての親しみが自ずと芽生えたのであった。だがそれと同時に、今こうして癩者佐柄木と親しくなって行く自分を思い浮かべると尾田は、いうべからざる嫌悪を覚えた。これではいけないと思いつつ本能的に嫌悪が突き上がって来てならないのであった。
佐柄木を思い病室を思い浮かべながら、尾田は暗い松林の中を歩き続けた。どこへ行こうという
林を抜けるとすぐ柊の垣にぶつかってしまった。ほとんど無意識的に垣根に
その時かさかさと落ち葉を踏んで歩く人の足音が聞こえて来た。これはいけないと頸を引っ込めようとしたとたんに、
「しまった」
さすがに仰天して小さく叫んだ。ぐぐッと帯が頸部に食い込んで来た。呼吸もできない。頭に血が上ってガーンと鳴り出した。
死ぬ、死ぬ。
無我夢中で足を
「ああびっくりした」
ようやくゆるんだ帯から首をはずしてほっとしたが、
再び垣を乗り越すと、彼は黙々と病棟へ向かって歩き出した。――心と肉体がどうしてこうも分裂するのだろう。だが、俺は、いったい何を考えていたのだろう。俺には心が二つあるのだろうか、俺の気付かないもう一つの心とはいったい何ものだ。二つの心は常に相反するものなのか、ああ、俺はもう永遠に死ねないのではあるまいか、何万年でも、俺は生きていなければならないのか、死というものは、俺には与えられていないのか、俺は、もうどうしたら良いんだ。
だが病棟の間近くまで来ると、悪夢のような室内の光景が蘇って自然と足が停ってしまった。激しい嫌悪が突き上がって来て、どうしても足を動かす気がしないのだった。仕方なく
「俺は、どこへ、行きたいんだ」
ただ、漠然とした焦慮に心が煎るるばかりであった。――行き場がないどこへも行き場がない。曠野に迷った旅人のように、孤独と不安が
「尾田さん」
不意に呼ぶ佐柄木の声に尾田はどきんと一つ大きな鼓動が打って、ふらふらッと
「どうしたんですか」
笑っているらしい声で佐柄木は言いながら近寄って来ると、
「どうかしたのですか」
と訊いた。その声で尾田はようやく平常な気持を取り戻し、
「いえちょっとめまいがしまして」
しかし自分でもびっくりするほど、ひっつるように乾いた声だった。
「そうですか」
佐柄木は言葉を切り、何か考える様子だったが、
「とにかく、もう遅いですから、病室へ帰りましょう」
と言って歩きだした。佐柄木のしっかりした足どりに尾田も、何となく安心して従った。
「尾田さん、あなたはこの病人たちを見て、何か不思議な気がしませんか」
と訊くのであった。
「不思議って?」
と尾田は佐柄木の貌を見上げたが、瞬間、あっと叫ぶところであった。佐柄木の美しい方の眼がいつの間にか抜け去っていて、骸骨のようにそこがぺこんと凹んでいるのだった。あまり不意だったので言葉もなく尾田が混乱していると、
「つまりこの人たちも、そして僕自身をも含めて、生きているのです。このことを、あなたは不思議に思いませんか。奇怪な気がしませんか」
急に片目になった佐柄木の貌は、何か勝手の異なった感じがし、尾田は、錯覚しているのではないかと自分を疑いつつ、
「はははは。目玉を入れるのを忘れていました。驚いたですか。さっき洗ったものですから――」
そう言って尾田に
「面倒ですよ。目玉の洗濯までせねばならんのでね」
そして佐柄木はまた笑うのであったが、尾田は溜まった
「この目玉はこれで三代目なんですよ。初代のやつも二代目も、大きな
そんなことを言いながらそれを
「どうです、生きてるようでしょう」
と言った時には、もうちゃんと元の位置に納まっていた。尾田は物凄い手品でも見ているような
「尾田さん」
ちょっとの間黙っていたが、今度は何か鋭いものを含めた調子で呼びかけ、
「こうなっても、まだ生きているのですからね、自分ながら、不思議な気がしますよ」
言い終わると急に調子をゆるめて微笑していたが、
「僕、失礼ですけれど、すっかり見ましたよ」と言った。
「ええ?」
瞬間
「さっきね。林の中でね」
相変わらず微笑して言うのであるが、尾田は、こいつ油断のならぬやつだと思った。
「じゃあすっかり?」
「ええ、すっかり拝見しました。やっぱり死にきれないらしいですね。ははは」
「………」
「十時が過ぎてもあなたの姿が見えないのでひょっとすると――と思いましたので出かけてみたのです。初めてこの病室へはいった人はたいていそういう気持になりますからね。もう幾人もそういう人にぶつかって来ましたが、まず大部分の人が失敗しますね。そのうちインテリ青年、と言いますか、そういう人は定まってやり損いますね。どういう訳かその説明は何とでもつきましょうが――。すると、林の中にあなたの姿が見えるのでしょう。もちろん大変暗くて良く見えませんでしたが。やっばりそうかと思って見ていますと、垣を越え出しましたね。さては
尾田は真面目なのか笑いごとなのか判断がつきかねたが、その太ぶとしい言葉を聞いているうちに、だんだん激しい
「うまく死ねるぞ、と思って安心しました」
と反撥してみたが、
「同時に心臓がどきどきしました」
と正直に白状してしまった。
「ふうむ」
と佐柄木は考え込んだ。
「尾田さん。死ねると安心する心と、心臓がどきどきするというこの矛盾の中間、ギャップの底に、何か意外なものが潜んでいるとは思いませんか」
「まだ一度も探ってみません」
「そうですか」
そこで話を打ち切りにしようと思ったらしく佐柄木は立ち上がったが、また腰を下ろし、
「あなたと初めてお会いした今日、こんなこと言って大変失礼ですけれど」
と優しみを含めた声で前置きをすると、
「尾田さん、僕には、あなたの気持が良く解る気がします。昼間お話しましたが、僕がここへ来たのは五年前です。五年以前のその時の僕の気持を、いや、それ以上の苦悩を、あなたは今味わっていられるのです。ほんとにあなたの気持、良く、解ります。でも、尾田さんきっと生きられますよ。きっと生きる道はありますよ。どこまで行っても人生にはきっと抜け道があると思うのです。もっともっと自己に対して、自らの生命に対して謙虚になりましょう」
意外なことを言い出したので尾田はびっくりして佐柄木の顔を見上げた。半分潰れかかって、それがまたかたまったような佐柄木の顔は、話に力を入れるとひっつったように
「とにかく、癩病に成りきることが何より大切だと思います」
と言った。不敵な面魂が、その短い言葉に覗かれた。
「まだ入院されたばかりのあなたに大変無慈悲な言葉かもしれません。今の言葉。でも同情するよりは、同情のある慰めよりは、あなたにとっても良いと思うのです。実際、同情ほど愛情から遠いものはありませんからね。それに、こんな潰れかけた同病者の僕がいったいどう慰めたら良いのです。慰めのすぐそこから嘘がばれて行くに定まっているじゃありませんか」
「良く解りました、あなたのおっしゃること」
続けて尾田は言おうとしたが、その時、
「どうじょぐざん」
と嗄れた声が向こう端の寝台から聞こえて来たので口をつぐんだ。佐柄木はさっと立ち上がると、その男の方へ歩んだ。「当直さん」と佐柄木を呼んだのだと初めて尾田は解した。
「なんだい用は」
とぶっきら棒に佐柄木が言った。
「じょうべんがじたい」
「小便だなよしよし。便所へ行くか、シービンにするか、どっちが良いんだ」
「べんじょさいぐ」
佐柄木は馴れきった調子で男を背負い、廊下へ出て行った。背後から見ると、負われた男は二本とも足が無く、膝小僧のあたりに繃帯らしい白いものが覗いていた。
「なんというもの凄い世界だろう。この中で佐柄木は生きると言うのだ。だが、自分はどう生きる態度を定めたら良いのだろう」
発病以来、初めて尾田の心に来た疑問だった。尾田は、しみじみと自分の掌を見、足を見、そして胸に掌をあててまさぐってみるのだった。何もかも奪われてしまって、ただ一つ、生命だけが取り残されたのだった。今さらのようにあたりを眺めて見た。膿汁に煙った空間があり、ずらりと並んだベッドがある。死にかかった重症者がその上に横たわって、他は繃帯でありガーゼであり、義足であり松葉杖であった。山積するそれらの中に今自分は腰かけている。――じっとそれらを眺めているうちに、尾田は、ぬるぬると全身にまつわりついて来る生命を感じるのであった。逃れようとしても逃れられない、それは、
便所から帰って来た佐柄木は、男を以前のように寝かせてやり、
「ほかに何か用はないか」
と訊きながら布団をかけてやった。もう用はないと男が答えると、佐柄木はまた尾田の寝台に来て、
「ね、尾田さん。新しい出発をしましょう。それには、まず癩に成りきることが必要だと思います」
と言うのであった。便所へ連れて行ってやった男のことなど、もうすっかり忘れているらしく、それが強く尾田の心を打った。佐柄木の心には癩も病院も患者もないのであろう。この崩れかかった男の内部は、我々と全然異なった組織ででき上がっているのであろうか、尾田には少しずつ佐柄木の姿が大きく見え始めるのだった。
「死にきれない、という事実の前に、僕もだんだん屈伏して行きそうです」
と尾田が言うと、
「そうでしょう」
と佐柄木は尾田の顔を注意深く眺め、
「でもあなたは、まだ癩に屈伏していられないでしょう。まだ大変お軽いのですし、実際に言って、癩に屈伏するのは容易じゃありませんからねえ。けれど一度は屈伏して、しっかりと癩者の眼を持たねばならないと思います。そうでなかったら、新しい勝負は始まりませんからね」
「真剣勝負ですね」
「そうですとも、果し合いのようなものですよ」
月夜のように蒼白く透明である。けれどどこにも月は出ていない、夜なのか昼なのかそれすら解らぬ。ただ蒼白く透明な原野である。その中を尾田は逃げた、逃げた。胸が
「お前はまだ癩病だな」
樹上から彼は言うのだ。
「佐柄木さんは、もう癩病がお癒りになられたのですか」
恐る怖る聴いてみる。
「癒ったさ、癩病なんかいつでも癒るね」
「それでは私も癒りましょうか」
「癒らんね。君は。癒らんね。お気の毒じゃよ」
「どうしたら癒るのでしょうか。佐柄木さん。お願いですから、どうか教えてください」
太い眉毛をくねくねと歪めて佐柄木は笑う。
「ね、お願いです。どうか、教えてください。ほんとうにこのとおりです」
両掌を合わせ、腰を折り、お祈りのような文句を口の中で呟く。
「ふん、教えるもんか、教えるもんか。貴様はもう死んでしまったんだからな。死んでしまったんだからな」
そして佐柄木はにたりと笑い、突如、耳の裂けるような声で大喝した。
「まだ生きてやがるな、まだ、貴、貴様は生きてやがるな」
そしてぎろりと眼をむいた。恐ろしい眼だ。義眼よりも恐ろしいと尾田は思う。逃げようと身構えるがもう遅い。さっと佐柄木が樹上から飛びついて来た。巨人佐柄木に
「さあ火炙りだ」
と歩き出す。すぐ眼前に物凄い火柱が立っているのだ。炎々たる焔の渦がごおうっと音をたてている。あの火の中へ投げ込まれる。身も世もあらぬ思いでもがく。が及ばない。どうしよう、どうしよう、灼熱した風が吹いて来て
「ころされるう。こ ろ さ れ る う。
血の出るような声を
「ああ夢だった」
全身に冷たい汗をぐっしょりかいて、胸の鼓動が激しかった。
「あっ、ちちちい」
泣き声ばかりではなく、何か激烈な痛みを訴える声が混じっているのに尾田は気付いた。さっきの夢にまだ心は
二列の寝台には見るに堪えない重症患者が、文字どおり気息
そのうち尾田の注意を
生きることの恐ろしさを切々と覚えながら、寝台を下りると便所へ出かけた。どうして自分はさっき首を
「たかを! 高雄」
と呼ぶ声がはっきり聞こえた。はっとあたりを見廻したがもちろん誰もいない。幼い時から聞き覚えのある、誰かの声に相違なかったが誰の声か解らなかった。何かの錯覚に違いないと、尾田は気を静めたが、再びその声が飛びついて来そうでならなかった。小便までが凍ってしまうようで、なかなか出ず、
「こんばんは」
親しそうな声で盲人はそう言うと、また空間を探りながら便所の中へ消えて行った。
「今晩は」
と尾田も仕方なく挨拶したのだったが、声が顫えてならなかった。
「これこそまさしく化物屋敷だ」
と胸を沈めながら思った。
佐柄木は、まだ書きものに余念もない風であった。こんな真夜中に何を書いているのであろうと尾田は好奇心を興したが、声をかけるのもためらわれて、そのまま寝台に上った。すると、
「尾田さん」
と佐柄木が呼ぶのであった。
「はあ」
と尾田は返して、再びベッドを下りると佐柄木の方へ歩いて行った。
「眠られませんか」
「ええ、変な夢を見まして」
佐柄木の前には部厚なノォトが一冊置いてあり、それに今まで書いていたのであろう、かなり大きな文字であったが、ぎっしり書き込まれてあった。
「御勉強ですか」
「いえ、つまらないものなんですよ」
歔欷きは相変わらず、高まったり低まったりしながら、止むこともなく聞こえていた。
「あの方どうなさったのですか」
「神経痛なんです。そりゃあひどいですよ。大の男が一晩中泣き明かすのですからね」
「手当てはしないのですか」
「そうですねえ。手当てと言っても、まあ麻酔剤でも注射して一時をしのぐだけですよ。菌が神経に食い込んで炎症を起こすので、どうしようもないらしいんです。何しろ癩が今のところ不治ですからね」
そして、
「初めの間は薬も利きますが、ひどくなって来れば利きませんね。ナルコポンなんかやりますが、利いても二、三時間。そしてすぐ利かなくなりますので」
「黙って痛むのを見ているのですか」
「まあそうです。ほったらかして置けばそのうちにとまるだろう、それ以外にないのですよ。もっともモヒをやればもっと利きますが、この病院では許されていないのです」
尾田は黙って泣き声の方へ眼をやった。泣き声というよりは、もう
「当直をしていても、手の付けようがないのには、ほんとに困りますよ」
と佐柄木は言った。
「失礼します」
と尾田は言って佐柄木の横へ腰をかけた。
「ね尾田さん。どんなに痛んでも死なない、どんなに外面が崩れても死なない。癩の特徴ですね」
佐柄木はバットを取り出して尾田に奨めながら、
「あなたが見られた癩者の生活は、まだまだほんの表面なんですよ。この病院の内部には、一般社会の人の到底想像すらも及ばない異常な人間の姿が、生活が描かれ築かれているのですよ」
と言葉を切ると、佐柄木もバットを一本抜き火をつけるのだった。潰れた鼻の孔から、佐柄木はもくもくと煙を出しながら、
「あれをあなたはどう思いますか」
指さす方を眺めると同時に、はっと胸を打って来る何ものかを尾田は強く感じた。彼の気付かぬうちに右端に寝ていた男が起き上がって、じいっと端坐しているのだった。もちろん全身に繃帯を巻いているのだったが、どんよりと曇った室内に浮き出た姿は、何故とはなく心打つ厳粛さがあった。男はしばらく身動きもしなかったが、やがて静かにだがひどく
「あの人の
見ると、二、三歳の小児のような
「あの人の咽喉には穴が空いているのですよ。その穴から呼吸をしているのです。喉頭癩と言いますか、あそこへ穴を空けて、それでもう五年も生き伸びているのです」
尾田はじっと眺めるのみだった。男はしばらく題目を唱えていたが、やがてそれをやめると、二つ三つその穴で吐息をするらしかったが、ぐったりと全身の力を抜いて、
「ああ、ああ、なんとかして死ねんものかいなあー」
すっかり嗄れた声でこの世の人とは思われず、それだけにまた真に迫る力がこもっていた。男は二十分ほども静かに坐っていたが、また以前のように横になった。
「尾田さん、あなたは、あの人たちを人間だと思いますか」
佐柄木は静かに、だがひどく重大なものを含めた声で言った。尾田は佐柄木の意が解しかねて、黙って考えた。
「ね尾田さん。あの人たちは、もう人間じゃあないんですよ」
尾田はますます佐柄木の心が解らず彼の貌を眺めると、
「人間じゃありません。尾田さん、決して人間じゃありません」
佐柄木の思想の中核に近づいたためか、幾分の昂奮すらも浮かべて言うのだった。
「人間ではありませんよ。生命です。生命そのもの、いのちそのものなんです。僕の言うこと、解ってくれますか、尾田さん。あの人たちの『人間』はもう死んで亡びてしまったんです。ただ、生命だけがびくびくと生きているのです。なんという根強さでしょう。誰でも癩になった
だんだん激して来る佐柄木の言葉を、尾田は熱心に訊くのだったが、潰れかかった彼の貌が大きく眼に映って来ると、この男は狂っているのではないかと、言葉の強さに圧されながらも怪しむのだった。尾田に向かって説きつめているようでありながら、その実佐柄木自身が自分の心内に突き出して来る何ものかと激しく戦って血みどろとなっているように尾田には見え、それが我を忘れて聞こうとする尾田の心を乱しているように思われるのだった。とはたして佐柄木は急に弱々しく、
「僕に、もう少し文学的な才能があったら、と歯ぎしりするのですよ」
その声には、今まで見て来た佐柄木とも思われない、意外な苦悩の影がつきまとっていた。
「ね尾田さん、僕に天才があったら、この新しい人間を、今までかつて無かった人間像を築き上げるのですが――及びません」
そう言って枕もとのノォトを尾田に示すのであった。
「小説をお書きなんですか」
「書けないのです」
ノォトをばたんと閉じてまた言った。
「せめて自由な時間と、満足な眼があったらと思うのです。いつ盲目になるかわからない、この苦しさはあなたにはお解りにならないでしょう。御承知のように片方は義眼ですし、片方は近いうちに見えなくなるでしょう、それは自分でもわかりきったことなんです」
さっきまで緊張していたのが急にゆるんだためか、佐柄木の言葉は顛倒しきって、感傷的にすらなっているのだった。尾田は言うべき言葉もすぐには見つからず、佐柄木の眼を見上げて、初めてその眼が赤黒く充血しているのを知った。
「これでも、ここ二、三日は良い方なんです。悪い時にはほとんど見えないくらいです。考えてもみてください。絶え間なく眼の先に黒い粉が飛びまわる焦立たしさをね。あなたは水の中で眼を開いたことがありますか、悪い時の私の眼はその水中で眼を開けた時とほとんど同じなんです。何もかもぼうっと
ついさっき佐柄木が、尾田に向かって慰めようがないと言ったが、今は尾田にも慰めようがなかった。
「こんな暗いところでは――」
それでもようやくそう言いかけると、
「もちろん良くありません。それは僕にも解っているのですが、でも当直の夜にでも書かなければ、書く時がないのです。共同生活ですからねえ」
「でも、そんなにお
「焦らないではいられませんよ。良くならないのが解りきっているのですから。毎日毎日波のように上下しながら、それでも潮が満ちて来るように悪くなって行くんです。ほんとに不可抗力なんですよ」
尾田は黙った。佐柄木も黙った。歔欷きがまた聞こえて来た。
「ああ、もう夜が明けかけましたね」
外を見ながら佐柄木が言った。
「ここ二、三日調子が良くて、あの白さが見えますよ。珍しいことなんです」
「一緒に散歩でもしましょうか」
尾田が話題を
「そうしましょう」
とすぐ佐柄木は立ち上がった。
冷たい外気に触れると、二人は生き
「盲目になるのはわかりきっていても、尾田さん、やはり僕は書きますよ。盲目になればなったで、またきっと生きる道はあるはずです。あなたも新しい生活を始めてください。癩者に成りきって、さらに進む道を発見してください。僕は書けなくなるまで努力します」
その言葉には、初めて会った時の不敵な佐柄木に復っていた。
「苦悩、それは死ぬまでつきまとって来るでしょう。でも誰かが言ったではありませんか、苦しむためには才能が要るって。苦しみ得ないものもあるのです」
そして佐柄木は一つ大きく呼吸すると、足どりまでも一歩一歩大地を踏みしめて行く、ゆるぎのない若々しさに満ちていた。
あたりの暗がりが徐々に大地にしみ込んで行くと、やがて
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スペイン語の多様性と統一(エルネスト・サバト) español, variedad, Ernesto Sábato (el oboe, el trombón)
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