2018年4月16日月曜日

Anatole France nació (1844) アナトール・フランス誕生 母の話 madre


「人は,生まれ苦しみ、そして死んでいきます」と言ったのは アナトール・フランスではなかったでしょうか?

Anatole François Thibault (16 de abril de 1844, París - 12 de octubre de 1924, Saint-Cyr-sur-Loire), conocido como Anatole France, fue un escritor francés. En 1921 le fue concedido el Premio Nobel de Literatura.

母の話

アナトール・フランス

岸田國士訳


「わたしには、どうも想像力(そうぞうりょく)っていうものがなくってね。」と、母はよくいったものだ。
「想像力(そうぞうりょく)がない」と彼女(かのじょ)がいったのは、それは想像力(そうぞうりょく)といえば、小説(しょうせつ)を作るというようなことだけをいうものと思(おも)っていたからで、その実(じつ)、母は自分(じぶん)では知(し)らずにいるのだけれど、およそ文章(ぶんしょう)では書きあらわせないような、まことに愛(あい)すべき、一種(しゅ)特別(とくべつ)な想像力をもっていたのだ。母は家庭向(かていむ)きの奥(おく)さんという性(たち)の人で、家(うち)の中の用事にかかりっきりだった。しかし、彼女(かのじょ)のものの考え方には、どことなく面白(おもしろ)いところがあったので、家(うち)の中(なか)のつまらない仕事(しごと)もそのために活気(かっき)づき、潤(うるお)いが生(しょう)じた。母は、ストーヴや鍋(なべ)や、ナイフやフォークや、布巾(ふきん)やアイロンや、そういうものに生命(いのち)を吹(ふ)きこみ、話をさせる術(じゅつ)を心得ていた。つまり彼女は、たくまないお伽話(とぎばなし)の作者(さくしゃ)だった。母はいろいろなお話(はなし)をして、僕(ぼく)を楽(たの)しませてくれたが、自分(じぶん)ではなんにも考え出(だ)せないと思っていたものだから、僕の持っていた絵本(えほん)の絵(え)を土台(どだい)にしてお話(はなし)をしてくれたものだ。
 これから、その母の話(はなし)というのを一つ二つ紹介(しょうかい)するが、僕は出来(でき)るだけ彼女の話しっ振(ぷ)りをそのまま伝(つた)えることにしよう。これがまた素敵(すてき)なのである。


   学校

 誰(だれ)がなんといっても、ジャンセエニュ先生(せんせい)の学校(がっこう)は、世界中(せかいじゅう)にある女の子の学校(がっこう)のうちで一番いい学校(がっこう)です。そうじゃないなんて思(おも)ったり、いったりする者(もの)があったら、それこそ神様を敬(うやま)わないで、人の悪口(わるくち)をいう人だといってやります。ジャンセエニュ先生(せんせい)の生徒(せいと)はみんなおとなしくて、勉強家(べんきょうか)です。ですから、この小さな人たちがじっとお行儀(ぎょうぎ)よくしているところは、見ていてこんないい気持(きもち)のことはありません。ちょうど、それだけの数(すう)の小さな壜(びん)が並(なら)んでいるようで、ジャンセエニュ先生(せんせい)は、その壜(びん)の一つ一つへ学問という葡萄酒(ぶどうしゅ)をつぎ込(こ)んでいらっしゃるのだという気(き)がします。
 ジャンセエニュ先生(せんせい)は高い椅子(いす)に姿勢(しせい)を真直(まっすぐ)にして腰掛(こしか)けていらっしゃいます。厳格(げんかく)ですけれど、優(やさ)しい先生(せんせい)です。髪(かみ)はひっつめに結(ゆ)って、黒(くろ)の肩(かた)マントをしていらっしゃる、もうそれだけで、先生(せんせい)を敬(うやま)う気持(きもち)がおこると一しょに、先生(せんせい)がどことなく好(す)きになるのです。
 ジャンセエニュ先生(せんせい)は、なんでもよくお出来(でき)になるのですが、この小さな生徒(せいと)たちに先(ま)ず計算(けいさん)の仕方(しかた)をお教(おし)えになります。先生(せんせい)はローズ・ブノワさんにこうおっしゃいます。
「ローズ・ブノワさん、十二から四つ引(ひ)いたら、幾(いく)つ残(のこ)りますか。」
「四つ。」と、ローズ・ブノワさんは答(こた)えます。
 ジャンセエニュ先生(せんせい)はこの答(こたえ)ではお気(き)に入(い)りません。
「じゃ、あなたは、エムリーヌ・カペルさん、十二から四つ引(ひ)いたら、幾(いく)つ残(のこ)りますか。」
「八つ。」と、エムリーヌ・カペルさんは答(こた)えます。
 そこで、ローズ・ブノワさんはすっかり考(かんが)え込(こ)んでしまいます。ジャンセエニュ先生(せんせい)のところに八つ残(のこ)っているということはわかっていますが、それが八つの帽子(ぼうし)か、八つのハンケチか、それとも、八つの林檎(りんご)か、八つのペンかということがわからないのです。もうずいぶん前(まえ)から、そこのところがわからないで頭(あたま)を悩(なや)ましていたのでした。六の六倍(ばい)は三十六だといわれても、それは三十六の椅子(いす)なのか、三十六の胡桃(くるみ)なのかわからないのです。ですから、算術(さんじゅつ)はちっともわかりません。
 反対(はんたい)に、聖書(せいしょ)のお話は大変(たいへん)よく知っています。ジャンセエニュ先生(せんせい)の生徒(せいと)のうちでも、地上(ちじょう)の楽園(らくえん)とノアの方舟(はこぶね)の事(こと)をローズ・ブノワさんのように上手(じょうず)にお話しできる生徒(せいと)は一人もいません。ローズ・ブノワさんは、その楽園(らくえん)にある花の名前(なまえ)を全部(ぜんぶ)と、その方舟(はこぶね)に乗(の)っていた獣(けもの)の名前を全部知(し)っています。それから、ジャンセエニュ先生(せんせい)と同じ数だけのお伽話(とぎばなし)を知っています。鴉(からす)と狐(きつね)の問答(もんどう)、驢馬(ろば)と小犬の問答、雄鶏(おんどり)と雌鶏(めんどり)の問答などを残(のこ)らず知っています。動物(どうぶつ)も昔(むかし)は口をきいたということを人(ひと)から聞(き)いても、ローズ・ブノワさんはちっとも驚(おどろ)きません。動物(どうぶつ)が今ではもう口(くち)をきかないなんていう人(ひと)があったら、かえって驚いたでしょう。ローズ・ブノワさんには、自分(じぶん)の家の大きな犬(いぬ)のトムと小(ちい)さなカナリヤのキュイップの言葉(ことば)がちゃんとわかるのです。実際(じっさい)、それはローズ・ブノワさんの思(おも)っている通りです。動物(どうぶつ)はいつの時代(じだい)にも口をききましたし、今(いま)でもまだ口をきくのです。しかし、鳥(とり)や獣(けもの)は自分のお友だちにしか口をききません。ローズ・ブノワさんは動物(どうぶつ)が好(す)きで、動物(どうぶつ)の方でもローズ・ブノワさんが好(す)きです。だからこそ鳥(とり)や獣(けもの)のいうことがわかるのです。相手(あいて)の気持(きもち)をのみ込(こ)むのには、お互(たがい)に仲(なか)よくし合うことが何(なに)よりです。
 今日(きょう)も、ローズ・ブノワさんは読方(よみかた)で習(なら)ったところをちっとも間違(まちが)えずに諳誦(あんしょう)しました。それで、いいお点(てん)をいただきました。エムリーヌ・カペルさんも、算術(さんじゅつ)の時間(じかん)がよく出来(でき)たので、いいお点(てん)をいただきました。
 学校から帰(かえ)って来(く)ると、エムリーヌ・カペルさんは、いいお点(てん)をいただいたということをお母さんにお話(はな)ししました。それから、その後(あと)でこういいました――
「いいお点(てん)って、なんの役(やく)に立(た)つの、ねえ、お母(かあ)さん?」
「いいお点っていうものはね、なんの役(やく)にも立(た)たないんですよ。」と、エムリーヌのお母(かあ)さんはお答(こた)えになりました。「それだからかえって、いただいて自慢(じまん)になるのです。そのうちに、あなたもわかってきますよ。いちばん尊(とうと)い御褒美(ごほうび)っていうのは、名誉(めいよ)にだけなって、別(べつ)に得(とく)にはならないような御褒美(ごほうび)です。」

   大きいものの過(あやま)ち

 道(みち)というものは川(かわ)によく似(に)ています。それは、川(かわ)というものがもともと道(みち)だからです。つまり、川というのは自然(しぜん)に出来(でき)た道で、人は七里(り)ひと跳(と)びの靴(くつ)をはいてそこを歩き廻(まわ)るのです。七里(り)ひと跳(と)びの靴(くつ)というのは船(ふね)のことです。だって、船(ふね)のことをいうのにこれよりいい名前(なまえ)がありますか? ですから、道(みち)というのは、人間(にんげん)が人間のためにこしらえた川のようなものです。
 道(みち)は、川の表面(ひょうめん)のように平(たいら)で、綺麗(きれい)で、車(くるま)の輪(わ)や靴(くつ)の底(そこ)をしっかりと、しかし気持(きもち)よく支(ささ)えてくれます。これはわたしたちのお祖父様方(じいさまがた)が作(つく)って下(くだ)さったものの中(なか)でもいちばん立派(りっぱ)なものです。このお祖父様方(じいさまがた)はお亡(な)くなりになった後(あと)にお名前(なまえ)が残(のこ)っていません。わたしたちは、ただそのお祖父様方(じいさまがた)がいろいろいいことをして下(くだ)さったということを知(し)っているだけです。ほんとうに有難(ありがた)いものですよ、道(みち)っていうものは。そうでしょう、道(みち)があるお蔭(かげ)で、方々(ほうぼう)の土地(とち)に出来る品物(しなもの)がどんどんわたしたちのところへ運(はこ)ばれて来ますし、お友(とも)だち同士(どうし)も楽(らく)に往(い)ったり来(き)たりすることが出来ます。
 それで今日(きょう)も、お友(とも)だちのところへ行こうと思って、そのお友だちはジャンというのですが、ロジェとマルセルとベルナールとジャックとエチエンヌとは国道(こくどう)へさしかかりました。国道(こくどう)は日に照(て)らされて、きいろい綺麗(きれい)なリボンのように牧場(まきば)や畑(はたけ)に沿(そ)って先へと伸(の)び、町や村を通りぬけ、人の話では、船(ふね)の見える海まで続(つづ)いているということです。
 五人の仲間(なかま)はそんな遠(とお)くまでは行きません。けれども、お友(とも)だちのジャンの家(いえ)へ行くのには、たっぷり一キロは歩かなければならないのです。
 そこで五人は出(で)かけました。お母(かあ)さんにちゃんとお約束(やくそく)をしたので、五人だけで行(い)ってもいいというお許(ゆる)しが出たのです。ふざけないで歩くこと、決(けっ)して傍道(わきみち)をしないこと、馬や車をよけること、五人のうちで一番(ばん)小さいエチエンヌのそばを決して離(はな)れないこと、そういうお約束(やくそく)をして来(き)たのです。
 そして五人は出(で)かけました。一列(れつ)になって規則正(きそくただ)しく進んで行きます。これくらいきちんとして出かければ、申(もう)し分(ぶん)はありません。しかし、それほど立派(りっぱ)で一糸乱(いっしみだ)れないなかに、一つだけいけないところがあります。エチエンヌが小(ちい)さすぎるのです。
 エチエンヌは非常な勇気(ゆうき)を奮(ふる)い起こします。一生懸命(しょうけんめい)、足を速(はや)めます。短(みじか)い脚(あし)を精(せい)いっぱいにひろげます。まだその上に、腕(うで)を振(ふ)ります。しかし、なんといっても、小(ちい)さすぎます。どうしても仲間(なかま)について行けません。遅(おく)れてしまいます。これはわかりきったことです。哲学者(てつがくしゃ)といわれる人たちは、同じ原因(げんいん)があればいつでも同(おな)じ結果(けっか)になるということを知っています。しかし、ジャックにしてもベルナールにしても、マルセルにしても、またロジェにしても、哲学者(てつがくしゃ)ではありません。四人は自分(じぶん)の脚(あし)に応(おう)じた歩き方をします。可哀(かわい)そうなエチエンヌも、やっぱり自分の脚(あし)相応(そうおう)に歩(ある)いているのです。調子(ちょうし)が揃(そろ)う筈(はず)がありません。エチエンヌは走(はし)ります。息(いき)を切(き)らします。声を出します。それでも遅(おく)れてしまいます。
 大きい人たちは、つまりお兄(にい)さんたちなんですから、待(ま)ってやればいいのに、エチエンヌの足にあわせて歩(ある)いてやればいいのにと思うでしょう。ところがそれは駄目(だめ)なのです。そんな心掛(こころがけ)は、この子(こ)たちにはそもそも註文(ちゅうもん)するだけ無理(むり)なのです。そういうところは、この子たちも大人(おとな)も同(おな)じです。「進(すす)めッ」と、世間(せけん)の強(つよ)い人たちはいいます。そうして弱(よわ)い人(ひと)たちをおいてきぼりにします。ですが、このお話(はなし)がどうなるか、おしまいまできいていらっしゃい。
 ところで、この四人(にん)の、大きい人たち、強(つよ)い人たち、元気(げんき)な人(ひと)たちは、急(きゅう)に立(た)ちどまります。地面(じめん)に一匹(ぴき)の生きものが跳(と)んでいるのを見つけたのです。なるほど跳(と)ぶはずです、その生(い)きものというのは蛙(かえる)で、道(みち)ばたの草原(くさはら)まで行こうと思っているのです。その草原は蛙(かえる)さんのお国です。蛙さんには大切(たいせつ)なお国です。そこの小川(おがわ)のそばに自分のお屋敷(やしき)があるんですから。そこで蛙(かえる)さんは跳(と)んで行きます。
 蛙というものは、天然自然(てんねんしぜん)の細工物(さいくもの)として、これはたいしたものです。
 この蛙は緑色(みどりいろ)です。まるで青い木の葉のような恰好(かっこう)をしています。そうして、そういう恰好(かっこう)をしているので、なんだか素晴(すば)らしくみえます。ベルナールとロジェとジャックとマルセルは、それを追(お)いかけはじめます。エチエンヌのことも、真黄色(まっきいろ)な綺麗(きれい)な道のことも忘れてしまいます。お母(かあ)さんとのお約束(やくそく)も忘(わす)れてしまいます。もう四人は草原(くさはら)の中へはいっています。しばらくすると、草が深(ふか)く茂(しげ)っている柔(やわら)かい地面(じめん)に、足がめり込(こ)んでいくのがわかります。もう少し行くと、膝(ひざ)のところまで泥(どろ)の中にはまり込(こ)みます。草で見えなかったのですが、そこは沼になっていたのです。
 四人は、やっとこさでそこから足をひきぬきました。靴(くつ)も、靴下(くつした)も、腓(ふくらはぎ)も真黒(まっくろ)です。緑の草原(くさはら)の精(せい)が、いいつけを守(まも)らない四人の者に、こんな泥(どろ)のゲートルをはかせたのです。
 エチエンヌはすっかり息(いき)を切らして四人に追(お)いつきます。四人がそんなゲートルをはかされているのを見ると、喜(よろこ)んでいいのか、悲(かな)しんでいいのかわからないような気持(きもち)です。そこで、大きい人や強(つよ)い人には大変(たいへん)な災難(さいなん)が降りかかって来(く)るということを、無邪気(むじゃき)な頭の中でいろいろと考(かんが)えてみます。ゲートルをはかされた四人の方(ほう)は、しおしおとひっかえします。だって、そんな恰好(かっこう)をして、お友(とも)だちのジャンのところへ行(い)けるはずがないでしょう? 四人がお家へ帰(かえ)ったら、みんなのお母(かあ)さんは、その脚(あし)をごらんになって、四人が悪(わる)いことをしたということがちゃんとおわかりになるでしょう。反対(はんたい)に、小(ちい)さなエチエンヌの清浄無垢(せいじょうむく)なことは、その薔薇(ばら)いろの腓(ふくらはぎ)に、後光(ごこう)のように現(あらわ)れているでしょう。

Anatole France nació アナトール・フランス誕生 (1844年)





アナトール・フランス
Anatole Francemadre

おかあさん、英・仏字幕 Okaasan in English, en français