2013年4月28日日曜日

沖縄の『屈辱の日』、安倍政府は御祝い。(毎日新聞)

安倍政権は「強い日本」を目指しているようですが、「弱者への視点」「広い視野」「洞察力」「優しさ」が欠けているように思えてなりません。以下は 毎日新聞電子版からものです。写真は産経新聞のものです。

主権回復式典:沖縄で抗議集会「県民の心踏みにじるもの」
毎日新聞 2013年04月28日 12時44分(最終更新 04月28日 13時12分)
 政府が東京で開催した「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」に合わせて、沖縄県議会の野党・中立会 派を中心に構成する実行委員会は28日、式典と同時刻の午前11時、沖縄県宜野湾市の海浜公園屋外劇場で式典への抗議集会を開いた。主催者発表によると、 約1万人が参加した。「政府式典の開催は沖縄県民の心を踏みにじるものだ」と決議した。
 集会名は「4・28政府式典に抗議する『屈辱の日』沖縄大会」。1952年4月28日に発効したサンフ ランシスコ講和条約で日本は独立を果たした一方、条約発効で沖縄や奄美群島、小笠原諸島は日本から切り離されて米国統治が合法化された。72年5月15日 の本土復帰後も過重な米軍基地負担や基地から派生する事件事故に苦しむ沖縄では、4月28日は「屈辱の日」とも呼ばれている。
 政府式典への沖縄の反発は強く、沖縄県議会は3月に開催に反対する抗議決議を可決。政府から式典に招かれた仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事は出席せず、高良倉吉(たから・くらよし)副知事を代理出席させた。【井本義親】


わかる?:あす4・28「屈辱の日」 「沖縄の声、聞かぬ中央」 嘉数・元自民県連会長、1年前に党本部で伝えた思い

毎日新聞 2013年04月27日 西部朝刊
 1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効で日本が独立を回復したことを記念した政府の「主 権回復・国際社会復帰を記念する式典」が28日、東京で開かれる。条約発効で米国統治が合法化され、本土から切り離された沖縄では、革新系が主体となる県 議会野党・中立会派が政府式典と同時刻に抗議集会を開催するが、政府式典へのわだかまりは沖縄の保守層にも強い。【井本義親】
 「自分の思いが何も届いていなかった」。自民党沖縄県連会長を務め、2004年10月〜06年12月に は稲嶺恵一知事(当時)の下で副知事も務めた嘉数昇明(のりあき)さん(70)はそう振り返った。1年前、「4・28」を巡る沖縄の感情を自民党本部で伝 えたにもかかわらず、顧みられなかったことへの悔しさだ。
 昨年4月28日、自民党本部であった「主権回復60周年記念国民集会」。嘉数さんは招かれて参加した。 「県民の一人として思っていることを率直に話す」ことを条件に出し、了承されていた。集会ではこう訴えた。「『4・28』は、沖縄では政府が沖縄を切り捨 てた屈辱の日と記憶されている」
 だが、政府や自民党本部からその後何の連絡もないまま、政府式典の開催を新聞記事で知った。開催方針を国会で初めて語った安倍晋三首相の言葉に、沖縄への言及は一切なかった。
 嘉数さんは言う。「政府に沖縄側の話を聞こうという姿勢がなく、問答無用という感じのやり方だ。保守が本来持っていた懐の深さがなくなり、今の政治には人間の情、魂が欠けている」
 28日は抗議集会には行かず、太平洋戦争末期の沖縄戦の激戦地、摩文仁(まぶに)(同県糸満市)に行く。戦後沖縄の原点を振り返るために。
 97年10月〜00年7月、自民党県連会長だった嘉数さんの下で県連幹事長を務めた翁長雄志(おながた けし)那覇市長は「4月28日が沖縄にとってどういう意味を持つ日なのか。政府は真剣に受け止めてほしい」とのメッセージを発表した。那覇市は当日、市庁 舎に紺一色の旗を掲げる。悲しみを紺色で表すという。

 ◇過酷さ増した統治

米軍は沖縄戦で捕虜にした住民を収容所に入れる一方、基地を建設していったが、米国の沖縄統治はサンフランシスコ講和条約発効後、過酷さを増していく。
 53年には土地収用令を公布し、各地に武装兵を出動して土地の強制接収に乗り出す。いわゆる「銃剣とブルドーザー」による基地建設だ。

 政治も弾圧された。56年12月の那覇市長選で本土復帰、土地を守る四原則貫徹を掲げた瀬長亀次郎氏が当選すると、市の預金を凍結し、翌年11月には布令を改正して市長の座から追放した。
 55年に6歳の少女が米兵に暴行されて殺害され、59年には小学校に米軍機が墜落して児童ら17人が死亡するなど、悲惨な事件事故も絶えなかった。こうした基地問題は今に続く。




闘牛を批判する人 antitaurinos もそうです。動物の死を目の当たりに見ず、美味しそうに肉を頬張っている人たち。闘牛愛好家の優しさ、人間の深さを全く理解しようとしないのです。冷血・残酷な人たちです。闘牛が滅びるときは人間そのものが滅びるときでしょう。(沖縄にも闘牛がありますが、Ernesto Mr. T が述べているのは España 式の闘牛のことであります。)

安倍首相もスペインの闘牛という人間らしさの祭典を研究し、人生観を揺さぶられていれば、こんな馬鹿げた祭典は行なわないはずです。

福島の悲劇もそうですが、原発も基地も危ないものは全て首都東京に移転すべきだと Ernesto Mr. T は思います。地方を犠牲にして何が一国の首相でしょうか。

Abe revisaría declaración de Japón sobre la guerra

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