1492年の今日(8月3日)、Cristóbal Colón (公文書のラテン語名 Christophorus Columbus) が Indías (インドではなく、今で言うAsia のこと) を目指して、España の Palos de la Frontera から出港しました。
この時の編成はキャラベル船のニーニャ号とピンタ号、ナオ船のサンタ・マリア号の3隻で総乗組員数は約90人(120人という説も)であったと言われています。
一旦、カナリア諸島へ寄り、大航海の準備を整えた後、一気に西進しました。大西洋は極端に島の少ない大洋で、船員の間には次第に不安が募っていきました。当時の最新科学では地球が球体であるということはほぼ常識となっていましたが、船員の間では地球を平面とする旧来の考えも根強く残っていました。
Cristóbal Colón は平気な振りをしていましたが、計算を越えて長い航海となったことに自分でも不安を感じるようになっていたようです。10月6日には小規模な暴動が起こり、3日後には船員の不安は頂点に達し、Cristóbal Colón に迫って「あと3日で陸地が見つからなかったら引き返す」と約束させました。その後、Cristóbal Colón は 流木などを発見し陸が近くにあると船員を説得しました。
そして10月11日の日付が変わろうとするとき、ピンタ号の水夫が陸地を発見したのです。翌朝、Cristóbal Colón はその島に上陸し、ここを占領してサン・サルバドル島と名付けました。
そして、ここから「発見」された人たちの悲劇が始まるのです。