今日は、日本のスペイン語・スペイン文学界に大きな足跡を残した
高橋 正武 の誕生した日であります。今から百五年前のことです。
高橋 正武(たかはし まさたけ、1908年6月4日 - 1984年6月20日)
高橋 正武は、スペイン文学者でした。スペイン語辞書を編み、多くの文学翻訳を行いました。
特に白水社発行の『西和辞典』は長い間唯一のまともな西和辞典として使われ続けました。勿論、今の目から見れば欠点はいくらでも挙げられますが、当時としては唯一且つ絶対的な西和辞典でした。
1908年の今日、6月4日に岡山県に生まれました。
1931年東京外国語学校卒。
永田寛定にスペイン語を学び、師永田が中途で病没し岩波文庫版『ドン・キホーテ』完訳を引き継ぎ完成させました。
母校東京外国語大学教授、南山大学教授、神戸市外国語大学教授を歴任、1974年に退任し名誉教授となりました。
1975年にはイサベル・ラ・カトリカ勲章をスペイン政府より授与されています。
1984年6月20日に亡くなりました。6月に生まれ、6月に死したわけです。享年76歳でした。
高橋正武「ローマは一日にして成らず」『朝日新聞』1983年11月25日(金)夕刊, p.5「研究ノート」
「 ひとりの早とちりや勘ちがいも、ひとたび活字になると、その間違いが、どのように伝わり、定着するか、その恐ろしさを教えてくれるのが表題の諺(ことわざ)の例である。
この諺の出典を『ドン・キホーテ』として収録している二、三の「ことわざ辞典」がある。ひとつは他の孫引きらしい。 ところで、『ドン・キホーテ』のひとりの読者から、出版社に、その諺のあり場所を訳者にたずねてくれるようにという依頼が届いた。出版社の方でも手分けし て作品を読んだが、見当たらないので、当然、訳者の片割れである私におはちがまわってきた。さっそく原典にあたったが、ローマという地名は、本編・続編を通じて十カ所に出るが、そのいずれも、くだんの諺に関係がない。で、その旨返事を出して、気持ちに引っかかりながら、一件落着としておいた。
後日、同学の長南実君にこの話をしたところ、同君も別のところから同じ質問を受け、該当する事がらが原典に見当たら ないので、ひらめくものがあって、十一世紀初めの故事、包囲戦と裏切りによる国王の暗殺で有名なサモーラを探したという。この地名は全編でたった1カ所、 『続編』第七十一章に「サモーラも一時間では落城せなんだぞ」と主人公が従者のサンチョにいうことばの中に現れる。
『ドン・キホーテ』の完全な邦訳は、英語訳からの重訳二と原作からの直接訳二とだけだが、このうち昭和二~三年版国民文庫刊行会発行の翻訳の 底本となった英訳本に、まさしく「ローマは一日にして成らず」を、英語国民にはなじみのうすい「サモーラも……」のところに入れてある。諺や地口の羅列の ような作品の邦訳には、この程度の入れ替えは許されていいと思う。私だって、純日本的な「元の木阿弥」をこれに相応の所にはめたもの。
つまり、その邦訳者(森田草平氏)は英語訳に忠実に「ローマは……」と翻訳したわけだ。この諺の出典を『ドン・キホ ーテ』とした人は、この邦訳からではないにしても、英訳本からであろうか。ここいらに、出典にかかわる誤解の基がありそうだ。ちなみに『ドン・キホーテ』 の出たころには「サモーラは一時間では落城せず、ローマもたちまちにして完成はしなかった」という諺が行われていたという。(神戸外大名誉教授・スペイン 語学・文学)」
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