2012年10月21日日曜日

José Hernández アルゼンチンの詩人、El Gaucho Martín Fierro『ガウチョのマルティン・フィエロ』


Mi gloria es vivir tan libre,
como pájaro en el cielo;
no hago nido en este suelo,
ande hay tanto que sufrir;
y naides me ha de seguir,
cuando yo remonto el vuelo.

スペイン、アイルランド、フランスの血を引くホセ・エルナンデス(José Hernández)は、1834年11月10日、アルゼンチン、ブエノスアイレス州の大農場に生まれました。アルゼンチン、ウルグアイの内戦への参加、新聞記者を経て、新聞「エル・リオ・デ・ラ・プラタ」紙を設立しました。ガウチョ社会保護と、ホセ・ヘルバシオ・アルティーガスの連邦同盟の流れを引く連邦派の観点から、地方自治を基盤とした連邦共和制を訴えました。また、最新のヨーロッパ文化の導入を進める一方、伝統的なガウチョ文化に否定的だった時の大統領ドミンゴ・ファウスティーノ・サルミエントの政策を批判する記事を多数書き、さらには反乱軍を組織したため、弾圧されブラジルへ亡命しました。
サルミエントの影響力が弱まった後に帰国し、1872年に、社会的弱者であるガウチョの視点、ガウチョが語る形式で書かれた El Gaucho Martín Fierro『ガウチョのマルティン・フィエロ』を、また 1879年には続編 La vuelta de Martín Fierro『マルティン・フィエロの帰還』を発表しました。その後は上院議員としても活躍しました。1886年の今日、10月21日に心臓病で死去しました。51歳でした。



Martín Fierro は「アルゼンチンの聖書」とも呼ばれています。主人公は、payador パジャドールであったという設定です。
パジャドールとは、アルゼンチンやウルグアイ、ブラジルにて、19世紀後半ごろに多くいた歌手で、20世紀をしばらくすぎても活動を続けるものがいました。自ら持っていたギターで伴奏していました。 payada パジャーダとも言います。19世紀前半より、アルゼンチンやウルグアイおよび隣の国のブラジルで、牧童であるガウチョまたは地域住民の中に、ギターと歌が得意な人が、即興的に作った歌 payado パジャードを、大衆の集まるところで披露することが、はやり始めました。19世紀後半には、一つの文化として定着しました。パジャードは、人生の喜び、悲しみを歌っています。payador は「吟遊詩人」「即興詩人」と訳されたりしました。

冒頭の詩は Martín Fierro の一節です。

最後に、Martín Fierro の video を掲載します。2時間8分に及ぶ大作です。


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