石原裕次郎も美空ひばりも みな「タンゴ」を歌いました。
19世紀末、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの場末の酒場で生まれたタンゴは、20世紀初頭パリに渡って洗練されるや、瞬く間にヨーロッパ中に広まりました。日本にも昭和の始まりと共に上陸しました。当時流行の最先端にあったダンスや音楽は日本人にも熱狂的に支持され、そのエッセンスは歌謡曲や演歌にも次々と吸収されていきました。戦後、そんな時代が確かにあったのです。
1990年代後半、ピアソラの登場で世界的にブームは再燃しましたが、それも束の間、タンゴは謎めいた香気を残し、表舞台から姿を消しました。いったいタンゴはどこに消えたのでしょうか。その出生の秘密と日本との不思議な縁を繙きながら、今なお見え隠れする魅惑的な後ろ姿に迫ります。
さて、日本人とタンゴについて考える時に、もうひとつ忘れてはならないことがある。
それは、ブエノスアイレスから持ち込まれたアルゼンチン・タンゴや、欧米から届けられるコンチネンタル・タンゴだけではなく、ある時期からは日本独自のタンゴが生まれ、広く聴かれるようになったことである。(中略)
歌謡曲のなかでも最も日本的といわれる演歌にもタンゴ調の曲がある。また子供たちに歌わせ、聴かせるために作られたいくつかの童謡のなかにもタンゴのリズムが使われた。そういう曲を聴いたり、歌ったりするときに、タンゴを意識しているかどうかは別にして。
こう考えると、やはりタンゴは日本人にとって何か特別なものであるということは言えそうだ。(「はじめに」より)
●著者プロフィール ☞ 生明俊雄(あざみ としお): ポピュラー音楽研究家。1940年千葉県生まれ。早稲田大学卒。ビクターエンタテインメント洋楽部長、映像制作部長を歴任。東京大学大学院(社会情報学専攻)終了。東京藝術大学にて博士号(学術)取得。広島経済大学教授などを経て現職。タンゴ評論活動ではダリエンソやピアソラのCD解説執筆など多数。著書に『ポピュラー音楽は誰が作るのか――音楽産業の政治学』『20世紀日本レコード産業史』など。
ラテン音楽と日本
タンゴ Nueve de julio (José Luis Padula) アルゼンチンの独立記念日
カルロス・ガルデル, Carlos Gardel タンゴ
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