2013年2月19日火曜日

Knut Hamsun 没す (1952年) ノルウェーの最大の文豪ハムスン


61年前の今日ノルウェー史上最高の文筆家クヌート・ハムスン(Knut Hamsun)が亡くなりました。(1859. 8. 4 - 1952. 2. 19)

Knut Hamsun, nacido Knut Pedersen (Lom, Noruega, 4 de agosto de 1859 – Grimstad, 19 de febrero de 1952), es uno de los escritores noruegos más afamados. Su obra, que le valió el premio Nobel de Literatura en 1920, es considerada una de las más influyentes en la novela del siglo XX.



本名はクヌート・ベーデルセン・ハムスンKnud Pedersen Hamsund です。ギュプランスダールに生を受けましたが、一家は北部ノルウェーのハマロイに移住し,ハムスンに住むようになりました。父は農業兼巡回の洋服仕立を業としておりました。子沢山のため、Hamsun は9歳の折に叔父のもとに送られてしまいました。厳しい生活のため逃げ帰りますが、北ノルウェーの美しく荘厳な自然は、少年の心に深い印象を残しました。15歳で竪信礼を受けた後、北部地方を転々とし、靴職人,教会の下男,補助教員などをしました。
18歳の時に処女作『謎』Den Gaadefulde (1877) を本名にて出版しました。のちにHamsundの綴りからdが落ち、更に Knud がKnut に変わり、Knut Hamsunと名乗ることになりました。作家たらんとしてコペンハーゲンに赴きましたが果たさず、1882年に渡米しました。ノースダコタ州の農場や商店で働き、マーク・トウェインやニーチェを読んだりしました。病に陥り、友人の援助でノルウェーに帰国しました。(汽車の屋根の上の旅で病が回復したとのことです。)このノルウェー帰国後、文学講演旅行を試みましたが成功せず、ひと冬クリスチアニア(オスロ)で飢えに苦しむこととなりました。1886年に再渡米しましたが、結局アメリカ合州国には馴染めず、1888年に米国と最終的に決別しノルウェーに帰国、コペンハーゲンに赴きました。

Hamsun は米国と決別しましたが、下記 Isaac Bashevis Singer や Paul Auster などの現代米作家にも多大な影響を与え続けています。 

1888年11月、デンマークの巨人ブランデスの弟エドバーの紹介で、雑誌「新しき土」に『飢え』Sultの一部が掲載され、一躍注目を浴びました。翌1889年、『近代アメリカの精神生活から』を出版し、米国の機械文明、物質主義的文化を機知と皮肉を込めて批判しました。1890年『飢え』完成出版しました。「飢え」を社会的次元とは全く無縁の個人的次元から描写したものです。「私」なる人物の口から語られる飢えの体験は,さまざまな幻覚を生み出し,主人公は、アイザック・B・シンガーも言うように、ドストエフスキーの『罪と罰』の主人公にも比せられる精神の接請をのぞかせています。斬新な技法と変化に富む文章がこれを支え、F・ブルには「ここにわれわれの文学にとり新しい人聞が登場し,以前けっして見られなかった全く新しい声で語っているのである」とまで絶賛されました。この作品により文名が確立しました。
このころしきりに文学講演を行い、当代の作家、なかでもイプセンを批判しました。これらは『議演旅行にて』Paa Turne (1960没後刊)にまとめられています。『神秘』 Mysterier (1892)においてもまた主人公は『飢え』の「私」のように漂泊者です。現実と神秘の世界の交錯など Hamsun の好んで取り上げる題材が再び融合結品化しています。『牧神』Pan (1894)も、やはり一種の放浪者を主人公とした作品です。「ノールランの夏の永遠の日」と主人公2人の強い吸引力と反発力の中の愛、そして作品全体を通じて迫ってくるのは、美しく荘厳で、しかし何の意志もない自然の姿です。Hamsun の代表作の一つと言って良いでしょう。
Hamsun は劇作にも手を染め、『王国の門にて』 Ved Rigets Port (1895)、『人生の戯れ』 Livets Spill (1896)、『夕映え』 (1897)の3部作があり、他に『ムンケン・ヴェン卜』 Munken Vendt (1902),『人生と力』Livet ivold (1910)があります。1899年にはロシアおよびトルコに旅行し、この時の印象は『童話の国にて』 (1903)および『女王タマラ』Dronning Tamara (同1903)に結晶しました。また、幼年時 代の思い出に基づく短編集『午睡』Siesta (1897) [我らスペイン・ファンにとっては堪らない素晴らしい表題の短編集ですが、残念ながら邦訳は出ていないようです]、『濯木林』 Kratskog (1904)、『闘う人生』Stridende Liv (1905)、唯一の詩集『野性の合唱』Det vilde Kor (1904)があります。 
1906年に最初の妻との8年にわたる結婚生活を解 消しました。1909年マリー・アンネルセンと結婚し、幼年時代を送ったハマロイに農場を購入しました。都会生活を拒否し、年来の念願であった土と自然に基づく生活に入りました。(なお妻マリーも童話作家としていくつか作品を発表しています。)



『夢想者』Svrermere (1904)、『弱音で弾く放浪者』En Vandrer spiller med Sordin (1908)などは、やがて 50歳を迎えようとする作者 Hamsun の精神の揺れを示していますが、『ベノニー』Benoni (1908),『ローサ』Rosa (1908)、『セーゲルフォス市』Segelfoss By (1915)では時代の動きの中にある人間と社会を鳥撤図的に描き出し、豊かな筆力を示しました。
 1914年、第一次世界大戦が始まりましたが、Hamsun の同情はドイツの側にありました。幼児殺害を巡って Sigrid Undset シーグリ・ウンセット女史(後に彼女も Hamsun 同様 ノーベル文学賞を受賞します)と論争になりました。そういった中で『土の恵み』(1917)を完成しました。大地に根を下ろして生きる開拓農民イーサク・セーランローの営々たる生の営みを、独自の手法により描いた名品です。この作品により、1920年度ノーベル文学賞を受賞しました。1918年ノルウェー南部のニョルホルムに農場を購入し、以後そこで暮らしました。再び放浪者を主人公とする3部作『放浪者』(1927)、『アウグスト』 August (1930)、『人生は続く』Men Livet lever (1933)を発表しました。この間1929年の70歳の誕生日には世界中から祝電が寄せられました。1939年に80歳を迎えたときにも再び世界的祝辞に包まれました。この年第二次世界大戦が始まりましたが,Hamsun は何と再びドイツ側に立ったのです。1945年、戦争終結とともに Hamsun は病院に収監されてしまいました。対独協力のかどで法廷に立ち、1948年、最高裁において有罪罰金刑が確定しました。この年89歳のハムスンは『雑草の道』Paa gjengrodde Stierを執筆(1949刊)、回想記であり、弁明の書であるとともに,その高齢を全く感じさせない特異なる老齢の書でした。これを最後にハムスンは筆を置きました。3年後ニョルホルムにて亡くなりました。確かに第二次世界大戦中の倫理的問題はありましたが、現在ではイプセン以後ノルウェーの生んだ最大の文学者と内外より評価されています。文学は政治的・倫理的正義では割り切れないものが確かにあるのです。
Gabriel García Márquez は Fidel Castro を支持していますが、その文学的偉大さの瘡にはなっていません。Hamsun のナチ支持も その文学的偉大さを損なわせるものとは言えません。



残念ながら、日本では今や忘れ去られた世界的文豪の1人になってしまっていますが、
以前はドイツ語からの重訳などのあまり良くない翻訳が出回っていたスペインでは1990年代に Kirsti Baggethun というノルウェー人の翻訳家がノルウェー語からスペイン語に直接見事な翻訳を発表し始めたために、Hamsun の再評価(以前より高い評価)が始まっています。日本にもそのような素晴らしい翻訳家が現われれば事態は大きく変わるはずです。

Durante los años cuarenta, cincuenta y sesenta del siglo XX se editaron en España casi todas las obras del noruego, pero en traducciones que pasaban por el alemán, el inglés o el francés. Por lo tanto, la fidelidad de estas antiguas ediciones ha sido muy discutida por los expertos en años sucesivos. Sin embargo una traductora noruega llamada Kirsti Baggethun ha ido traduciendo directamente del noruego sus obras desde los años noventa. Las obras están dispersas en múltiples editoriales españolas. 



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<ernestotaju@yahoo.co.jp>  へ。


PD. Ernesto Mr. T  は この Knut Hamsun の とても面白い anecdota を見付けましたが、この 拙blog に載せるのは ハムスンの誕生日(8月4日)にするつもりです。後5カ月ほど御待ちください。(2013.03.06.水)

Pd の Pd スペインの太陽の所為で上記のことをすっかり忘れてしまいました。来年の誕生日まで
御待ちください。(2013.09.15.日)


クヌートハムスン